フィールド・オブ・ドリームス 〜夢のストリートバスケットコート実現に向けて その1〜

今年10月に父親が心臓発作で亡くなり、その後、現実問題として、相続の話が。

と言っても、兄弟間でもめているとかでは一切無く、残された土地を一体どうしようかという問題。

実家は代々続く農家で、田んぼや畑があるんです。

田んぼは委託する形でお米を引き続き作ってもらうことになったんですが、問題は畑。

父親名義なんですが、実状としては、母親がずーっと葡萄を作ってた大きな畑があるんです。

その葡萄の栽培も、今から5年ほど前に辞めてしまい、今は家で食べる用の野菜くらいしか作ってませんでした。

ちょっと目を離すと草がぼうぼうに生えてしまったりと、手入れだけでも大変。

「あの畑、やっぱり売ろうと思って・・」

母親からそう電話があったのは父親の四十九日の1週間ほど前。

「場所が場所だからあんまり高くは売れないと思うけど、これから維持していくことの方が大変だから、いいよね?」

最近は妹二人の旦那さん達に手伝ってもらって、なんとか維持してるような状況で、何一つ自分としてはお手伝いもできてなかったから、

「お母さんがそれで良いなら、良いんじゃ無い?」

としか言えませんでした。

しかし、そう言いながらも、昔からぼんやり考えていた「自分の夢」が頭をよぎりました。

”誰もが、特に子供たちが、自由に使えるストリートバスケットコートを作りたい”

って夢です。

実はこの夢、両親にも話していたことがあるんです。

「あの畑、いつか俺に譲ってよ、そしたらバスケットコート作りたいからさ」

なんて言ってたものの、じゃあその作る費用どうすんだってのと、維持していくお金もどうすんだってことがリアルに考えられずボヤーッとしたままここまで来てしまっていました。

実際、父親が生きている間は手入れや管理は任せておけば良いやと、心のどこかで甘えてました。

でも、その父親はもういない。

畑も売るって話が出ていている。

どうしよう、売ってしまったら2度とあんな広い土地は手に入らないし、今から10年後にやっぱり作りたいってなっても、もう遅い。

「お母さん、やっぱりあの畑の土地、俺にちょうだい。」

電話したのは四十九日の前日の夜でした。

「前から話してたさ、バスケットコートにするってアイデア、実現しようと思って」

「本当にやるの?お兄ちゃんがやるって言うんだったら他の兄弟も誰も文句は言わないと思うけど、本当にそれで良いのね?固定資産税とかもかかってくるのよ?」

そうなんですよ、そこなんですよ、お金の問題も絡んでくるんですよ、しかし・・

「やる!もう決めた。お父さんが残してくれた土地で、お母さんが大切に葡萄を育てて、今後は俺が豊川の子供たちのためにバスケットコートにする!」

もう自分でも何言ってるかよくわかんないけれど、やるって決意だけは強く表明しました。

この時、心の奥底にあったのは、まだまだ母親に心配かけてやろうとも思ったんです。

「この子はまた一体何を言い出すんだい?」、と。

今までもそうでした。

バスケット選手になりたい、だから留学したい、アメリカでラジオの楽しさに目覚めたからラジオDJになりたい・・

今度はストリートバスケットコートを作りたい。

ダメ長男のバカ息子です。

でも、そうでいようかなって。

父親は亡くなる2週間前に、僕ら家族と旅行に行き、そこで美味しいご飯を食べてる時に、

「幸せだなあ」

って、突然ボソッとつぶやきました。

普段そんなことを口にするような人じゃないのに。

あの時、孫に囲まれ、息子にご飯をご馳走になり、最愛の妻も横にいて、心底そう思ったんだと思います。

きっと僕が父親の立場でも同じ言葉をつぶやいただろうし。

これはあくまでも推測ですが、あの時の父親は、もう何も心配が無かったんだと思います。

どこか、「これで安心していける」のような心境だったのかな、と。

そう思ったら、母親にはまだ安心しきって欲しくなく、まだまだ長生きもしてもらわないと困るんで、またまた突拍子もないこと言ってやろう。

心配かけてやろうって思ったんです。

と同時に、一緒にそこに巻き込もうとも思ったんです。

僕だけがやるんじゃなくて、これは母親にとっても一大プロジェクトであり、一緒に創り上げていくんだよ、と。

「実は名前も決めてるんだよね、『Grape Park Court (グレープ・パーク・コート)』って」

ここがかつて葡萄畑だったってことを名前に残し、母親の功績もしっかり刻みたい。

残念ながら、僕は農家としてこの土地を受け継ぐことは出来なかったけれど、僕が人生かけて恩返ししたいバスケットボールを通じて、この土地を託してもらいます。

電話した翌日、四十九日当日、母親から、

「昨日の電話ありがとう。あれから考えたんだけど、やっぱり思い出がいっぱい詰まってるあの土地を手放さなくて良いって思ったら嬉しくて。私も応援するから、やろう!」

父親との別れからずっと辛い想いをしていた母親に少し笑顔が戻った瞬間でした。

 

 

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